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少女は何の変哲もない少女だったのです。
ただ、真っ黒なその手袋を外そうとしなかっただけで。 どんな場所でもどんな時でも手袋。 そう、人前では絶対にはずさないのです。 ある人は皮膚が敏感なのだろうと言いました。 ある人は火傷の痕でもあるのだろうと言いました。 そうやって言われる度、少女は微笑むばかり。 恥じらうように。そして幸せそうに。 人々は揃って少女の両手を怪しみました。 悪魔が憑いているのではないかなんて言う人まで出てきました。 それでも、少女はただ微笑むばかり。 段々人々は少女を気味悪がるようになりました。 少女は人を避けるようになりました。 非常に近しい数人の人を除いて。 最後には高い塔の天辺に閉じ籠ってしまいました。 あの黒い手袋をしたままで。 この手には悪魔が宿っているからと、自ら言い残して。 はてさてこれは如何なることか。 暫くが過ぎた時のこと。 少女に近しかったとある青年がおりました。 青年は少女を気にかけていたのです。 彼は夜のうちに塔を登って、少女に会いに行きました。 もちろん少女はそこにおりました。 少女は石畳の床に座って一人泣いておりました。 しくしくしく。 声を殺して泣いておりました。 青年が歩み寄ってきても少女は驚きませんでした。 貴方なら来てくれる気がしたの。 ただそうとだけ言って。 青年は少女の隣に座りました。 彼女からも石畳からも、温もりといえるものは何一つ感じられませんでした。 少女は凍えきっていたのです。 道端に転がっている、忘れ去られたビー玉のように。 青年は氷のようなその肩を抱いてやりました。 少女はもっと泣きました。 きっとそれは雪解け水にも似て。 長い長い間かけて、少女は心を溶かしきり。 そして少女はゆっくりと、手袋をはずしました。 青年は思わず一度目を背けました。 何って、少女の手があまりにぼろぼろだったからです。 幾つもの切り傷が。 少女が刻んだ切り傷が。 そのせいで少女の手は、一回り大きくふくれておりました。 少女は痛々しいその手を眺めて、微笑むのでした。 これが私の生きた証と。 これが私が生きていくのに必要な罰と。 青年は涙をこぼしました。 だってこんな手じゃ。 ちょっと触っただけでもどんなにか痛いだろうに。 少女は答えました。 痛いからいいの。 痛くなければ生きていけないの。 でもこの手は悪魔が憑いているから。 みんなとは一緒にいられないの。 少女は身震いをひとつと、大きなため息をひとつ。 青年は知りました。 だって少女は、何の変哲もない少女だったのです。 何もおかしくなんかなかったのです。 悪魔なんて、みんな宿しているものなのです。 少女がここに凍りつく理由など存在しなかったのです。 だから、青年は夜が明けるまで少女の隣におりました。 ずっとずっと、肩を抱いておりました。 そして、始まりの光が町並みを照らした時。 二人は塔を出ました。 手袋をはずした手を繋いで。 そして人々は知りました。 やはり少女には悪魔が憑いていたのだと。 きっとそれが青年を塔の中へ招き入れたのだと。 そして二人を塔から出させたのだと。 悲しいことだ、気の毒に。 小さく肩をすくめて、それでおしまい。 黒い手袋と少女のお話も、これでおしまい。 人々は今日も、自分に巣食った悪魔に気づかないまま。 PR |
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